[ 穴のカタチ ]
ずいぶん前に、父と酒を飲んでいたときに、
父が、いきなり、僕に、こう問うたことがある。
おい、 人は、なぜ、悲しいか、わかるか?
突然、そんなことを聞かれたって、困りますよね。
なので、そんな難しいことは、わからないよ、と僕が笑いながら答えると、
酔った父は、真顔で、ひと言…
それは、さびしいからだ。
と言ったんだ。
たとえば、大切なものを無くしてしまったときに悲しくなるのは、さびしいから、なのかな?
他の人が、自分のことをわかってくれないと悲しくなるのは、さびしいから、なのかな?
ココロが通い合うものがないと感じたときに、人は、たまらなく悲しい、のかな?
子どもが、自らの命を絶つほど悲しかったのも、それだけさびしかった、ということなんだろう。
たとえ、どんなに、いじめられたとしても、キミはひとりではないんだ、とまわりの大人たちが、
そのさびしさを解かってあげれば、よかったのかな。 泣くな、がんばれ、じゃなくて。
もともと、人のココロには、いろんなカタチの穴が、ポッカリと開いていて、
生きるということは、その穴を埋めていくことなのだ、という話を、いつか読んだことがある。
その穴が、さびしさ ってことなんだろうかね。
ってことは、僕のココロには、いつもクルマのカタチをした穴が、ポッカリと開いているのか?
相手のココロに開いた穴のカタチが、見えたら、いいのにね。
クル馬鹿アーカイブ → 2005/10/31










